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=======================2005/06/ 23 (木)

【バナナメール#147 】  バナナくらぶ10周年記念号 〜今回はちょっと長いです〜

             <10年目のバナナくらぶの種明かし>

目次: 【ごあいさつ】 【バナナくらぶパーティ兼ブックパーティ】  【バナナパーティーとバナナくらぶ】 【何食べたっけ?】  【ご参加の皆様から寄せられたお便りの抜粋】 

【バナナことはじめ】【ベトナムからネパールへ】 【帰国1年目の決意】 【存在が危険】 【好き勝手の基本】 【人生を楽しむバナナ】  【バナナくらぶの種明かし】 【ビシュマ詩集のご注文】

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【ごあいさつ】

アジサイ、きれいですよね! 雨雨ふれふれ! 庭木の水やり、しなくてもいいように。

昨年の猛暑。留守がちだったし、垣根3本枯らしました。...(涙)。

空を見上げながら、順調に雨の降ることに感謝しています。 季節の変わり目、お元気でしょうか?

【バナナくらぶパーティ兼ブックパーティ】

東京の空からヒマラヤを見るバナナパーティーは、無事終了しました。

私がガーデンパーティーをすると雨が降るのですが、今回は、梅雨どきにもかかわらず、天候にも恵まれました。

(昨年7月に同じ場所で企画して、雨だったし、私の結婚式の二次会は、京都の庭園でしたが、どしゃぶりでした!) 

でも、梅雨の晴れ間。30名の方々とともに楽しいバナナタイムを過ごすことが出来ました。

野津治仁先生、マンガラ先生、パンダブ氏、それぞれお話をありがとうございました。 ネパール学生たちにも来ていただけて、うれしかったです。

【何食べたっけ?】

ちなみに、料理メニューは、

タブーレサラダ、きゅうりホタテサラダ、ポテトたまごサラダ、ベトナム風春巻き、スモークサーモン、ハムとサラミプレート、ナスのネパール風タルカリ、タンドリチキン、ネパール9種豆ご飯。

ネパールからの差し入れ。大根の激辛アチャール、スクティ、ロプシー・フルーツシート。

白根さんと金井さんから、トマトチーズサラダと炒めビーフン。

房バナナも、いつも通りたっぷり御用意しました。

お料理やドリンクの持ち寄り、準備をお手伝いいただいたり、最後の片づけをしてくださったり、みなさまの御協力で開催できました。また、機会を見つけて、また交流できるようにいたします。

POPPYさんの予言どおり、パーティー終了時の午後8時に東京タワーのライトが消えました。 21日の夏至にちなんで、省エネと平和を願うイベントを日曜日にしたようです。 世界中がすこしでも仲良く出来ますように。

Peace & Love


ご参加の皆様から寄せられたお便りの抜粋です。


● 本当に楽しいバナナ・パーティをありがとうございます。 すてきな仲間と一緒においしい食べ物、飲み物をどっさりいただいて、ネーパールのかたたちとお話ができて最高に楽しかったです。

● 普段は会えないような方々とお話ができていろいろ刺激を受けました。 また機会がありましたら、参加させてください!

● 思いがけない人との再会や普段お会いすることが出来ない様な、素晴らしい人たちとのおしゃべりに花を咲かせて楽しいひとときを過ごすことが出来ました。どうもありがとうございます。

● 留学生の方達ともいろいろお話することができて 目的を持って外国に来て何かを学んでいる若い方達のすばらしさを感じ 頼もしく思いました。

● よしこさんの企画はいつもながら素晴らしいですね。お蔭様で多くの国に方々をお会いできる楽しみは 狭い自分の考え方が広がっていきます。そして、楽しみながら世界の平和を祈れることも素晴らしいことかと思います。

● バナナくらぶの紹介や、皆様との再会、とても楽しかった。それに、かわいお孫ちゃ んとも会えたのよ。うれしかった。又会える日まで。

● 昨夜は楽しいパーティありがとうございました。友達も楽しんだようです。次回もぜひ参加したいそうです。詩集(海)を読みながら、いつか海べでパーティできたらとおもいました。

● たくさんの手作りのお料理どれも美味しかったです。また、ステキなロケーションのなか、いろいろな方と出会えて楽しい時間を過ごせました。

● 日本語が話せるネパール人の方とは初めてお会いしましたので、マンガラ先生、パンダブ氏にはヘンな日本人?と思われなかったかしらと思うくらい、私にとっての「ネパールの謎」をたくさん質問してしまいました。ネパールは女性の社会進出が難しい、と思っていましたが、マンガラ先生は女性なのに日本にいらして日本語もぺらぺらですごいですね。 ステキな出会いをありがとうございました。

● 楽しい会をありがとうございました。途中で帰ってしまい、東京タワーの夜景までは見れなかったことが残念です。でも、大成功でしたね。普段お世話になっている分、少しでもお手伝いさせていただけて良かったです。

● とても素敵な会でした。どうもありがとうございました。 数年ぶりにマンガラさんにお会いできたりと、個人的にも収穫のあった催しでした。


御提案や、アイデアをいただけたら、幸いです。 次回も、楽しいものにしましょうね! 



バナナことはじめ


バナナ通信第1号は、1995年6月23日付けで、ハノイ中央郵便局から友人たちに向けて30通出されました。

「バナナ通りの眺め」という題で、バナナの葉と実の自作のスケッチ風イラスト入り。後に、読者の一人に、「たまねぎペーパー」と呼ばれた、薄いザラ紙のようなベトナム紙にコピーされ、ペラペラのエアメール封筒に入っていました。

そう、ちょうど10年経ったのです。このあたりで、ちょっとバナナくらぶの軌跡を振り返ってもいいでしょうか?

すべては、ベトナム、ハノイ市のバナナ通り41番地からはじまりました。

ハノイの6月は暑さのピーク。息子の博史が「体が溶けていくようだ」といい、お手伝いさんが、「モホイ、モホイ(暑い、暑い)」を連発している中で、私ひとり涼しい顔をしていたみたいです。なんせ、年中猛暑のアフリカと中近東で、10数年間鍛えてきた不死身のよしこさんですから。

到着3日後に、息子の博史が食あたりでダウン。3週間後にオーストラリア生まれの子犬のショコラが、世紀末的お腹こわし。それでも、よしこさんだけは、丈夫でぴんぴんしておりました。

わくわくとトラブル続きのベトナム生活便りを、2週間に一度書き送っていました。回を追うごとに人気が高まり、「私にも送って」という声が相次ぎました。

付録に「やさしいベトナム語」というのを付けました。これは、私の学習体験をもとにした、目からうろこのおもしろベトナム語入門(!?)。

その後、毎日新聞での連載があったり、一時帰国のときは、雑誌での対談、講演会などをしました。


バナナパーティーとバナナくらぶ


最初のバナナパーティーは、1996年2月。場所は、銀座のラフィナート。40名ほどの立食パーティでした。私の主催するセミナーの後の懇親会を一般にもオープンにしたのです。

このとき、バナナくらぶを作ろうということになりました。セミナーの事務局を担当してくれた大塚康子さんが、バナナくらぶ東京事務局になり、それからずっと手伝ってくれています。

したがって、バナナくらぶがはじまってから、今年は、9年目です。バナナ通信が10年目です。ともあれ、今年一年は、プレ10周年。なんかイベントやりたくなりますね。

「バナナくらぶ発足のお知らせ」という手紙を出したのは、ベトナム生活が始まってから9ヵ月後、1996年3月21日付けです。

そこには、バナナ通信が「個人の限界を越えてひろがりつつあります」と書かれています。要するに、みんながバナナ通信ちょうだいというけれど、ごめん、郵送費だけ負担してね、会費制にするよ、という意味です。一月に2回、毎回、100通を越える国際便というのは、手間も費用もかかりましたから。

この手紙は、こう結ばれています。「これからも皆様に楽しんでいただくべく、異文化コミュニケーションの"スペシャリスト"として好奇心、観察力と分析力にいっそう磨きをかけたいと思っています。」

なんか、かっこいいことを書きました。いやはや、10年たって、「いっそう磨き」どころか、ますます曇ってきて、更なる混沌の中にいます。


ベトナムからネパールへ


ベトナム時代は、まだ「曇り」に気がついていなかったため、体験と考察を異文化関係の英語修士論文という形でまとめあげました(でっちあげ?)。もっと長くベトナムに住んでいたかったのですが、論文がほぼ完成しかけた頃、急遽帰国が決まり、心の準備不足のまま日本に帰国。

その逆カルチャーショックをバネにして、バナナくらぶは続きました。バナナ通信もどんどん出し、日本でできるベトナム関連の催しやパーティーなどを多彩に行い、参加のみなさまと「遊んで」おりました。

一方、日本での生活は、家族の成長に合わせて、統合・分散を繰り返し、いつもお引越し続きでした(いまだにそうです)。

2000年の春、ネパールへの夫の赴任が決まり、4度目の海外生活が始まりました。ただし、今度は、息子たちはだれも同伴しないし、最初の1年間は、私は日本で暮らし、時々ネパール訪問をするだけでした。

「いつになったら来るんじゃ!」と夫が怒り出し、2年目は、春休み、夏休み、冬休みぜ〜んぶ、めいっぱい滞在し、なんとか「海外駐在妻」のふりをしてやり過ごしました。

それも限界となり、とうとう仕事をやめて本格赴任をしたのが、2002年春。今度こそ、おとなしく現地滞在する覚悟でした。しかし、いつもなにやら日本で仕事や用事が持ち上がり、結局、1、2ヶ月ごとに日本・ネパール・その他の国々を行き来しているうちに、2年の滞在期間が終りました。今、私のパスポートには、ネパール入国スタンプが、24個も!

しょっちゅう移動しているので、「よしこさ〜ん、今、どこですか」と、聞かれるようになりました。「は〜い、私は、どこにでもいます。」

とぎれとぎれのネパール生活。身の入らないネパール語学習。そんななかで、ビシュマ・ウプレティの詩集の日本語訳を出版できたのは、なんとも奇跡的でした。一時的にエネルギーの集中が起きたとしか思えない。

言葉は天から降ってくる! 


帰国1年目の決意


日本に帰国後1年が経ちました。さまざまなことが未消化のままです。ネパール語も中途半端のままで、退行現象のきざし(記憶のかなたに消えようとしているベトナム語ほどではないけれど)。これではいかんなあ、と反省しています。

いつもいつも時間が足りなかった。ああ、このままでは、時間切れで人生の幕も閉じられる。 そのくせ、流れに任せよう、とアジアンなユックリズムが染み付いてしまっている私。

二つの文化に引き裂かれるならまだしも、複数の文化にずたずたに切り刻まれている身ならば、何をいまさらあわてるのだろう。あせるのは、やめよう。人生の後半は、好き勝手に生きよう、と心に決めました。好き勝手。なんて豪華な響きでしょう!   「好き勝手? もう、してるじゃないか!」と夫は言いそうですが。


存在が危険


「どうして、タケオ(わが夫)は、私のすることにいつも反対するのかなあ?」と、弟につぶやいたことがあります。 「あぶなっかしいから」

「なにがそんなにあぶなっかしいんだろう?」 「存在そのものがあぶない」 えっ、私は危険物なの!?    不思議に、これに似たようなコメントを身近なひとたちから言われます。でも、女性はあまり言わない。私の存在をあぶながっているのは、ほとんどが男の人たちです。どうやら、彼らは、私が予測の付かない判断と行動をするのを恐れているようです。 

私は、まだぜんぜん好き勝手しているとは思っていない。好き勝手にあこがれている。それなのに、周りはすでに私を「危険分子」とみなしている。この落差は、何?

これ以上、好き勝手にするというと、家族をはじめ、周りがあわてるでしょうね。摩擦も起きます。自由というのは、現実的ではないのですね。周りに迷惑をかけないで、好き勝手をどう実行するのか。悩んだ末に、安全な(?)好き勝手の原則を考えつきました。


好き勝手の基本


自分で好き勝手をするのではなく、他の人に好き勝手をしてもらう。他人の好き勝手をサポートするのです。応援団長みたいなものでしょうか。他人の暴走に手を貸す。(やっぱり、危険か?)

でも、世の中には、好きなことをこつこつやっている人がいっぱいいます。あるいは、やりたいけれど機会に恵まれない人も。だから、私のできる範囲で、手伝ったり、励ましたり、宣伝したり、おせっかいを焼きます。

そして、(ここが 私のせめてもの好き勝手ですが)その対象を選ぶのは、不公平、かつ、えこひいき的に。だって、どうせすべての人に手を差し伸べることが出来ないのだから、さいしょから公平など目指さない。あちらを立てて、こちらを立てられないことに、いちいち悩まない。

もともと人生は、不公平です。ご縁は、なぜかあったり、なかったり。直感で勝負です。そして、結果がうまくいっても、いかなくても、それは、運命。理由付けはしないでおきます。


人生を楽しむバナナ


インターネットが普及してからは、みなさまにEメールとメーリングリストでバナナ通信をお送りしています。そのため、Eメールアドレスをお持ちでない方には通信が届かなくなりました。会費もずっといただいていないので、知らない方は、バナナくらぶは消えちゃったと思われているかもしれません。

バナナくらぶは、いつもあります。人生を楽しもうという意欲のある方は、いつまでもバナナメンバーです。私が、ときどき変な思いつきを好き勝手に実行しますから、ついていけると思った方は、その都度ご参加ください。


バナナくらぶの種明かし


メール受け取るだけじゃつまらない。会費払いたい! という方が案外いらしゃるのでびっくりします。カンパや寄付が突然来ることもあります。

カンパと寄付はどうちがうかって?  カンパは1000円、寄付は1万円単位 (たんなるバナナ解釈?)

実は、私は、「バナナくらぶ教育部」というのをこっそり(一人で)打ち立て、ベトナムへ、そして、この3年間は、ネパールへの文化・産業支援や留学生のサポートをしてきました。

プライベートに「出資」してきたのですが、時折のご好意も投入させていただいています。バザー収益やグッズの売り上げは、わずかですが、チリも積もればを実感しています。

10年目のバナナくらぶの種明かし。 バナナくらぶは、バナナ通信とバナナパーティだけではなかったのです! 隠れプロジェクト、いろいろあります。

御興味のある人には、やがてお伝えしていくつもりです。


ビシュマの詩を買いそびれたという人のために、注文票をつけますね。

手持ち少なくなりました。 あとは、ネパールで手に入れるしかないのです。

【詩集「海」注文票】 

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1.Bhishma's Poetry "The Sea and Other Poems" (Nepali & Japanese)

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ありがとうございます!

バナナくらぶ よしこ

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Last-modified: 2006-11-21 (火) 00:38:36 (3985d)