バナナメール

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【バナナメール#124】 秋のピクニック

【秋の恵み】 【迷い犬】 【子犬の名前】 【ピクニック】 【お参り】 【手のひらの模様】 【たったひとり】

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【秋の恵み】

ネパールでは、梨と柿の季節が終わり、早くも、イチゴが出回り始めています。 農園主のダルマさんに、柿ジャムたっぷり作ってもらいました。 梨も、とお願いしたら、これは貴重だからね、と特別に、私にだけ4瓶作ってくれました。 イチゴは、これからきれいな粒ジャムにしてもらうの。昨年、私が「指導」した(えへん)。

村へ行くと、刈り取られた米がムシロに広げて干してあります。 そして、とうもろこしが窓辺にいっぱいつるし乾し。

里には、秋咲きのネパール桜と菜の花。 ぽかぽか陽射しですが、夕方になるとすっと寒くなって、ここもやはり晩秋。

【迷い犬】

3週間前に、わが家に迷い子犬がやってきました。鈴のついた首輪をしてるから、誰かの飼い犬なのですが、持ち主が 分かりません。近所に聞いて回り、写真入りポスター作ってあちこちに貼り回しました。でも、3 日たっても誰からも連絡がない。

それはそれは、かわいい、生後数週間のオス犬。ころころと庭を走り回り、ニワトリ大好きで、後を追いかけまわし 、小屋に追い込んでしまう。生まれながらの牧羊犬ならぬ、牧鶏犬? 

お鼻の周りが黒くで、ちょっと垂れ目のたぬき顔。体は、短いベージュの毛並。足の先が全部白くて、ソックスはい たみたい。しっぽがくるっと巻いていて、その先も白い。

でも、前からうちにいる番犬の社宅犬リナは、他の犬を受け付けない。子犬が自分の家に入ったとたんに、う〜と怒 って頭に噛み付いた。親犬かと思って、子犬がじゃれようとするのに…。

「どうせうちでは、飼えないのだから、かわいいうちに誰かにもらってもらいなさい」と夫。そんな〜。この子を抱 いて家出しよう、と思いつめた(?)ぐらいかわいい。持ち主が現れなかったら、私にちょうだい、という人も続出 。これは、ヤバイ。

「とにかく、一刻も早く犬を人にあげること」 3日の期限を切って夫は、宣告。困ったなあ、と思ってこの話を行きつけの家の人にすると、あっさり「うちで預かる よ」。そうか、里親だ!

この家は、大家族で、犬が3匹と子供が何人もいる。子犬が一匹増えたところでなんともない。しかも、ず〜と私の犬 と思っていいのだ。いつ見に行ってもいいのだ。

【子犬の名前】

「名前をつけちゃいけない」と夫が言うので、3 日間「わんこちゃん」でいました。私は、ひそかにソックスと呼んだり、前の愛犬ショコラをもじって、ショコチと呼んだりしてましたけど。

名前は、預かり先で付けてもらうことにしました。つまり、名づけ里親。わんこを持ってい くと、みんな、「わー、かわいい」とたちまち人気者に。 「ラッキーな子だね。明日は、ククルコ・プジャ(犬の祝福)の日だよ」と誰かが言って、そのまま名前は、ラッキ ーになりました。

翌日、訪問すると、ラッキーは、首にマリーゴールドの花輪、額に赤いテイッカつけてもらって、子供の後を走りま わっていました。ティハール祭の2 日目は、ネパール中の犬という犬が祝福され、おいしい物をもらって、大事にされる日なのです。

というわけで、私の「隠し子」は里親の元で、元気に育っております。

【ピクニック】

ネパール人は、よく、ピクニックにいきます。話に聞くのですが、実態はどんなものかよく知りませんでした。昨年 、一度、誘われたけれど、都合が悪くて行けなかったし。

ここでは、土曜日が休日。先週、寺参りピクニックとやらに行ってきました。大家族なので運転手付きのマイクロバ スを借ります。 9時ごろ出発する、とのことでしたので、私は、8 時半に行って待ってました。しかし、ここは、ネパール。準備が出来て、家を出たのは、なんと11時半! その上、途中2箇所で親戚の人たちを拾って…。

「さぞやネパリ・ウエイだと、思ってるだろうね?」 私がなんにも言わないでいると、向うからそういいました。たしかにね。私も、慣れたものです。2時間や3 時間、予定がおくれようと、ああ、やっぱりと納得してるもの。

それほど遠出ではなく、カトマンズの中心から数キロ北に言ったところの「ブダニルカンタ」というお寺の近くでし た。何のことはない、うちの家からすぐじゃないですか。

お寺の祭礼の最終日らしくて、駐車場からすでに人、人…。そして、屋台がずらり。子供は、すぐに風船買って、と おねだり。早速、みんな風船を手にして、お祭り気分。私は、子犬のラッキーをずっと抱いていたので、よその子供 たちがきゃーきゃー寄って来る。

少し歩いて着いたところには、刈り取った後の田んぼ。ここがピクニック会場。あれま、おびただしい数の人々が集 っている。まるで、湘南ビーチだよ。

私たちのグループも、適当に場所を選んで、設営開始。毛布と小型絨毯広げて場所作り。やがて、食事です。朝早く から女の人たちが作った食事が、お鍋ごとここに運ばれてきているのです。

隣には、石油コンロ持ち込んで、野外クッキングしてるグループもあります。ご飯を大鍋で炊いている人たちや、炒 め物している人も。雰囲気としては、どうも、炊き出し? 

一列になって座ります。総勢15 人。各自の前(地面の上)には、新聞紙が半枚置かれて、その上に、二人のお嫁さんたちが食べ物を配ります。まず、チウラ、乾し飯です。ま、お米のコーンフレークかな。それから、炒ったピーナツ 。炒り豆。青菜の炒め煮。大根のアチャール、ジャガイモのアチャール、トマトのアチャール、カリフラワーの炒め 煮、水牛の煮物、鶏肉料理、などが少しずつ載せられます。それを、みんな手で食べます。

ネパール新聞の「紙皿」は意外に丈夫ですね。グレービーがついても破れないでちゃんと受け止めている。食べ終わ れば、残り物を一緒にくるっと包んで捨てるだけ。紙皿より合理的。

素焼きの杯(使い捨て)にロキシーが注がれました。祝い事に使われるネパールのお酒です。各家庭で醸造するもの です。

食べ終わったら、おしゃべりしたり、その辺歩き回ったり。男の子たちは、クリケットを始め、ティーンエージャー は、音楽かけて、ダンス。トランプやる人たちもいる。

【お参り】

ブダニルカンタは、ビシュヌ神の寝姿像のある寺院です。食事の後、ピクニック会場から、女性だけでぶらぶら歩い てお参りにいきました。境内までの道に、お供えの品や、食べ物、お土産などを売る店がぎっしりで、人がいること 、いること。

途中で、何人も知り合いに会って挨拶(私の知らない人だけれど)。もしかして、今日は、カトマンズ中の人がこの 寺にやってくる日? みんな同じことをするのだろうか? 

立ち止まったり、人に会ったり、店を見ているうちに、一緒にいたはずの連れの二人がいなくなってしまった。しば らく待っていたのだけれど、現われなので、先に寺院に入ることにしました。

中は、参拝の人が長い列を作っています。こりゃだめだわ。敬虔な叔母さんは、お供え品セット(花、燈明、果物、 線香など)を購入して持っているのに、列に並ばないと差し上げる事も出来ない。はぐれた二人も、やはりお供えセ ットを持って中でうろうろしていました。めでたく再会。

あまり長いので、列に並ばずに、お供えを柵のあいだから投げよう、ということになりました。みんなでろうそくと 線香に火をつけて、柵の下に並べ、花と果物を投げました。ぽちゃん、ぽちゃんとビシュヌ象の手前の池の中へ。水 面は、すでにおびただしい花で黄色くなっています。

お参りの列の先頭の人を見ると、ビシュヌの足元へお供え置いています。そこには、係りの人がいて、お供えは、置 くと同時に袋の中へ回収。バナナはバナナ専用袋へ。お花はお花の袋へ。みんな、お参りしたということだけで、気 持ちがすっきりするのでしょうね。あのバナナは、誰かのところへお下がりとしていくのでしょうか。

【手のひらの模様】

へナで手に模様を書くのは、インド、アラビアなどの風習。ネパールもそうです。一ヶ月ぐらい消えない。花嫁など に丹念に化粧として描いたりします。こちらの人にとっては、大変魅力的なものらしい。

これを描いてくれる人が、参道にいました。よし、やってもらおう。(前から、一度してみたかったんだ)。でも、 いつまでも残るといけないから、ほんもののへナではなく、3日ぐらいで消える、お手軽スタンプで。

お金払おうとして、は、困った。手が乾いていないので、何もさわれない。結果、連れのネパールの人に払ってもら ちゃった。その後、みかんを買ったのだけれど、皮をむこうとして、あれま、染料だらけになる。これも、むいても らって。なんだか、みなさんのお手をわずらわせております。

いっしょにいた若い女の子が、私の手を見て、「セクシー!」といいました。この唐草の花と鳥模様がどうしてセク シーなのかは分からん。彼女にとっては、素敵なものは、全部、セクシーらしい。

私は、お参拝にいく善男善女を見て、その中の女性たちの衣装がセクシーだなあ、とうっとり眺めていました。サリ ー、あるいは、クルタ(パンツドレス)は、ふたつとして同じものはなく、それぞれの色の取り合わせが、みんなす てき。

【たったひとり】

参拝を終えて、田んぼの中のピクニック会場に戻り、また、地面に座って、ぼんやり夕方の景色を眺めていました。 まだ、みんないっこうに帰る気配はありません。隣の若いダンスグループはもう音楽をかけるのをやめていましたが 、別のグループの中年の男性たちが(お酒がはいったのでしょうか)、楽しそうに手拍子で踊っています。盆踊りの ような、どじょうすくいのような、ま、田園ネパリダンス。

それを見ているうちに、今この時を楽しんでいるんだなあ、とつくづく思いました。そして、それが、ネパール風し あわせ、というものの本質なのだろう、と。家族・友達が集うこと。ただ、一緒にいること。

ピクニックしている人を見たとき、「ずいぶんたくさん来てるのね」といったら、「ネパール人は、暇なんだもん。 仕事ないし」とあっさり言われて、ああ、そういうものか、と妙に感心してしまった。「フルサッド・チャニ」(暇 なんだもん)。なんていい言葉だろう。 自分は暇、と言い切れる人が、日本でどのくらいいるだろうか。ネパールは、豊かなんだな。

そして、先ほど気がついたこと。寺院とそのまわり、見渡す限り人の群れの中に、外国人は、私1 人ではないか。この畑でピクニックしているのも、ネパール人ばかり。私を招いてくれた家族の人たちは、ごく自然に私を入れていて、 誰もそのことに、ことさら気がついている風でもない。

それは、とてもありがたいことなのだけれど、ネパール人になりきれない自分がここにいる。いくらネパールの家族 たちと一緒にいても、受け入れられても、本質的には、私は、部外者でしかない。そうでしかありえない自分が、な んだか無性に悲しかった。私は、必ず、さようならを言ってこの土地を離れる。それまでのほんのつかの間のネパー ル人ごっこ。

ま、人生は、そうい、うはかない、かりそめの姿の連続なのかもしれないけれど。私がネパールにいる意味があると すれば、そのかりそめに気づくためだったのかもしれない。

秋の夕風に吹かれて、つい感傷的になってしまった。

さあ、そろそろ帰るのかな、と思ったとき、またもや、食事がはじまって、仰天。夕闇迫る中、今度は、葉っぱのお 皿の上に、さらに心づくしの夕食が配られたのであります。

マイクロバスから降ろしてもらったとき、とっぷり日が暮れて、満月が光っていました。 自動車道からうちの家へ向かう曲がり角、ちょうど皇太子の私邸の角にバスが止まったので、「サッバイ・ジャナラ イ・ナマステ!(みなさん、ごきげんよう)」と、私は、あわてて言って降りました。ここは、警備が厳しくて、車 を止めると怒られるのです。

「サッバイ・ジャナライ・ナマステ」と、そこに立っていた衛兵が、闇の中で私の言葉を面白そうに、繰り返しまし た。別に怒っていなかった。

ひんやりと、美しい秋の夜でした。

よしこ

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Last-modified: 2006-11-21 (火) 00:38:26 (3990d)