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【バナナメール#123】  里帰り

【ネパール風ハロウーン】 【断食の月】 【ラミラが帰ってきた!】 【ラミラ、やせたよ】 【姉御】 【クルタ・スルワール】【兄弟姉妹の絆】

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【ネパール風ハロウーン】

きのうは、ハロウイーンでしたね。 こちらでは、誰も知らない西洋行事。でも、ホテルでは、商戦に利用して、「家族向け・ハロウイーンBBQブッフェ」とかやってましたよ。

私は、この夜、お客さまを連れて、ネパール民族舞踊レストランへ。若い男女の田園踊りが続く中、特別に男性の1人踊りがありました。神様っぽいきらきら衣装といい、お化粧といい、梅三郎風の目線といい、こちらのほうがハロウィーンかな? (めったにない踊りのお師匠さんの特別出演だったとか)

最後の曲は、レッサンピリリ。例のごとく、ダンサーと客が入り乱れて踊りました。私も久しぶりに踊りました。

【断食の月】

帰り道、空にきれいな三日月がかかっていて、そうだ、もうラマダンが始まって、4,5 日たつんだなあ、と気づきました。おととしは、私も1ヶ月間こっそり断食してました。アフガンへの空爆が続けられていて、それを考えるだけで胸が痛んだので、せめて、苦しみの端っこを体験してみようか、とひとりで断食月を決行。

結局、断食は、気持ちよかった! 昼間の空腹は慣れてしまうと、どうってことないし、これを世界中のたくさんの人と同時体験している、と思うだけで、なんだかパワーが出てくる。そして、日没後の食事がとっても楽しみ。生き ていることに感謝しつつ、味わいます。(で、食べ過ぎて、かえって肥るのだ)。

ラマダンは、イスラムの人にとって、聖なる月だけれど、家族で集まり、楽しい夕べが送れるときでもあります。サウジアラビアに住んでいるときは、断食月は真夜中まで隣近所はにぎやかでした。

【幸運の糸をお返しに】

さて、今度は、ヒンズー教です。呪文とともに幸運の色糸を手首に巻いてもらったのは、8 月の満月の日。厄災から私の身を守ってくれていた、このジャナイ・プルニマの糸を解いて牛のしっぽに巻き付ける日は、先週の土曜日でした(ラクシミ・プジャの日は、牛の日でもあります)。でも、糸は、きのうまで、私のもとに。手近に適当な牛がいなかったので、そのままになっていたのです。

道路にたむろしている牛のしっぽにつければいいとはいうものの、その間、牛はおとなしくしているかしら。糸を半分結びかけて、逃げる牛のしっぽつかんで、道路でもがいてたら、はずかしいし、と、私が牛を選り好みしていたのです。

きのう、園芸農園に行ったとき、おとなしそうな牛を見つけました。杭に繋がれてエサを食べているから、逃げる心配もない。思わず駆け寄ったら、目の前に金網の柵があります。ええい、と柵を乗り越えて降り立ったとたんに、ものすごい勢いで犬が吼えながら飛びつこうとしました。あやうく私の足をがぶり! 飛びのいたので、わずか1インチの差で難を逃れました。

持ち主がびっくりして、飛んできた。豹がやってくることがあるので、見張りのために飼っている獰猛なチベット犬だとか。そうか、柵を乗り越えた私は、「侵入者」…。

そして、農園で作業中のたくさんの人々に見守られる中、無事、牛のしっぽに赤い糸を結び終わりました。こちらのしきたりに従うのも、命がけだなあ。ま、犬の攻撃をこの糸が守ってくれていたのでしょうね? 

【ラミラが帰ってきた!】

インド人の夫とデリーへ移住したラミラが、ダサイン休みに帰ってきました。夫と子供二人と一緒に。

3か月ぶりのはじめての帰国。その間、家族にあてた手紙には、ネパールが恋しくて泣いてばかりいた最初のころのこと、でも、お姑さんに、「ここをあなたの家だと思うのよ」と言われてだんだん慣れてきた、みんな親切だ、というようなことが書かれていました。そして、「デリー・デレイ・ラムロチャ(デリーはとてもいいところ)」とも。

ネパールの家族、両親、弟、義妹や姪の名前をひとりずつ挙げて、それぞれに「愛してる」と書き、「これからロティ(チャパティ)を焼かなくてはならないので、これでペンを置きます」と結んでありました。粗末なノートの一枚にくちゃくちゃ書いてあって、封筒はなく、行商の夫が手で運んできたもの。

【ラミラ、やせたよ】

2日間バスに乗りっぱなしの長旅で疲れているかなと思いの他、久しぶりに会ったラミラは、お化粧のせいか、とても綺麗でした。まっかな口紅が、めちゃめちゃ似合っている。それにやせた。ふくよかなラミラもよかったけど、やせるとまた妖艶な感じ。

「向こうの人は、ロティばかり食べるの。わたしはお米のほうが好きなんだけれど」というラミラ。それでやせたの かな。 「デリーはすてきよ。大きい町なの。何でもあるの」 インドに比べたら、ネパールはきっと貧弱にみえることだろう。 「毎日、デリーで何してるの?」と私が聞くと、 「ロティ焼いてるわ」

昼食と夕食のために、毎回50枚のロティを一枚一枚焼くのは、彼女の役目だそう。仕方ないね、嫁だもの。インドの家族は、24人。嫁は一日中、家事に明け暮れるのだ。実家に戻ると、ほっとしている。ネパールでは、二人の義妹が食事のしたくをしてくれる。

ラミラは、ダサイン祭のあいだを含めて15日いて、テイハール祭を待たずに帰っていった。「子供たちの学校があるから」でも、学校は休みなんだけどなあ。せっかくなら、もう少しいればいいのに。丸二日もかけて戻って来たのだから。

【姉御】

私が、ラミラを好きなのは、自信にあふれ、好き嫌いがはっきりしていること。従順な感じのネパール女性の中では異色。まるで姉御っぽい。弟たちに対する影響力は、とてもある。上の弟のお嫁さんは、母の代行で先方へ行って決めてきた(自分自信の伴侶は、自分で選んだのに)。ラミラがいいというなら、とみんなが納得するところが、またすごい。

美的感覚にもすぐれていて、彼女の選ぶサリーやクルタは、とてもすてき。交渉力に長けているので、彼女と一緒に 買い物にいくと、しっかり値切ってくれる。その迫力に店主は、たじたじとなる。

ラミラが着るサリーは、いつもへそ出しルック。セクシーだなあ、と感心して見ていたのだけれど、なんのことはない、上背がありすぎて布の幅が足りないだけ。外出の時は、ばっちりお化粧決めるから、すごいことになる。おでこからそのまま高い鼻梁につながる横顔は、神々しい感じ。

ラミラは、茶目っ気があるから、おもしろい。ふだんは髪を上げているけど、正装の時は、長い髪を全部下ろす。しっかり梳かしたあと、枕の上に髪を広げてアイロンをかけてた。そう、ふつうのアイロン。いたずらっぽく、こっちを見て笑いながら、自分の髪にアイロンを。義妹がやってきて、後ろの方を手伝ってアイロンかける。ふたりともやけどしないでね。

【クルタ・スルワール】

ダサイン祭りを過ごした後、デリーに戻って2週間後に、ラミラは、私にクルタの生地を送ってくれた。手紙がついていました。

「マム、ナマステ。私たちは、こちらで元気にしています。そちらは、いかがですか。あなたのことをとても思っています。クルタ・スルワール3枚送ります。気に入るといいけれど。きょうは、少し、からだの具合が悪いので、あまり買い物ができませんでした。今度また送ります。I miss you. I love you. Your Ramila」

ネパールよりデリーのほうが、ずっと安くていい生地があるのよ、とラミラは言っていました。それで、託送してくれたのでした。3つのクルタは、オレンジ系の虹色と、柔らかいピンクと、刺繍入りのブルー。どれも素敵です。パンツとチュニックドレスとスカーフがセットになっているのが、クルタ(ドレス)・スルワール(パンツ)です。サリーのようにフォーマルではないけれど、動きやすいし、普段着にもおしゃれ着にも、素材とデザインでいかようにも。ベトナムのアオザイと似たようなものだけれど、もっと着やすい。それにスカーフとのコーディネートが楽しい。

私も、一生懸命ネパール語で返事を書いて、デリーに帰る彼女の夫にことづけました。

「ラミラ、げんきですか。あなたのことをいつもなつかしく思っています。生地を送ってくれてありがとう。一枚は仕立てました。レインボーカラーのです。今、着ています。きょうは、ラクシミ・プジャの日です。インドでもラクシミ・プジャをしますか? ラミラがいないバイティカは、楽しくないです。お金を送りますね。また、生地を買ってください。プリアンカとバブーによろしく。」

【兄弟姉妹の絆】

ティハール祭の最後の日「バイティカ」に姉がいないのは、ラミラの弟たちにとって不思議な感じだそうです。はじめて姉のいない「弟の日」になってしまった。ネパール中のほとんどの男性が、姉妹や従姉妹たちに、7色の特別のティカを額につけてもらい、花や木の実をふりかけ、花輪を首にかけてもらう儀式を終えて、満足そうな様子なのに、自分たちの額には、何もないのだから。

弟のお嫁さんは、ダサインの最後と、ティハールの最後に、二度つづけて一週間ずつ実家に帰りました。彼女は、すくなくとも2ヶ月に一度は、バスで6時間の里まで子供を連れて帰っています。そのときが一番うれしそうな顔です。戻ってきてしばらくは、まだ笑顔です。そう、実家は永遠に実家なのです。そして、兄弟姉妹の絆はいつまでも固い 。

ネパールにたくさん祭りがあるのは、嫁に行った女性を実家で休ませる意味がありますね。絶対外せないこの「バイティカ(弟の日)」の他にも、「母の日」だの、「父の日」、「女性の日」、「子供の日」など、 実家に帰る口実はいくつもあるから。

とにかく、元の家族が集まるのはうれしいもの。バイティカのために、男性も里に帰ります。みんなほんとに、しあ わせそうな顔をしてます。小さい時に植えつけられたハッピーな記憶が、青年になっても、壮年になっても、老人に なってもつづくんですね〜。

ネパール文化を支えているのは、姉妹兄弟のかた〜く、ふか〜い愛情のようですよ。

これから先、ラミラも、インドとネパールのあいだを年に何度か行き来するのでしょうか。ときたま、ロティ焼きか ら解放されるために。そして、来年のバイティカは、きっと弟たちの額に再び愛を刻むために。

よしこ


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Last-modified: 2006-11-21 (火) 00:38:25 (4039d)