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【バナナメール#113】ぷち・ぴ〜きゃん in Nepal  (8日目)

8月18日 (月) 日本語レッスン/サキャ氏とルミナちゃん


目次:  【アフターぴ〜きゃんの実況中継】 【ぴ〜きゃんに感謝】  【神々の采配?】【基本は、愛です】 【とにかく、やります】 【異文化ショック?】 【サキャさんとルミナちゃん】  【スリヤビナヤクはみんなの別荘地】

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【アフターぴ〜きゃんの実況中継】

ぷち・ぴ〜きゃんは、8月22日終了し、しんや、さとる兄弟は、無事京都の自宅に帰りつきました。 あと数日かけて、アフター・ぴ〜きゃん報告となりますが、ゆっくり、最後までお送りします。

「楽しみにしています」 「ネパールのことがよく分かります」 「自分も行っているような気がして、ドキドキします」 といったメールをいただきますので、長文ご迷惑ではないかと思いつつも、あきず、書いております。 よろしくおつきあいくださいませ。

【ぴ〜きゃんに感謝】

昨年のぴ〜きゃん以来、縁あって私のもとへ来る方々には、ふつうの旅では味わえないネパールを体験していただこ う、とできるかぎりネパールの人々や日常生活に密着することを心がけてきました。その結果、ネットワークを広げ 、楽しんだのは、実は「わたし」ではないか、と思ったりします。

私の今までの海外生活の基本スタンスは、「イヌも歩けば…」です。じっとしていないで、外に出歩くことによって 、出会いと体験を広げる。人にお膳立てしてもらわないで、自分で欲しい物を探し出す。また、人から、「こんなこ とできませんか」「あんなものさがしてほしい」と難題をふっかけられると、俄然、やる気になるという、ヘンな性 質があります。ですから、ぴ〜きゃんなどを開催するたびに、私自身のネパール生活に広がりが出来、それに対して 、実はひそかに感謝しているのです。

【神々の采配?】

出会いというのは不思議なもので、そのときは偶然だと思っていても、後から考えると、出会うべくして出会った、 あるいは、多少回り道をしても、結局は出会っていたであろう、と思えて仕方がなくなることがあります。そもそも 、ネパールへ来たことがそうでした。日本での仕事があったため、私はぜんぜん行きたくなかった。夫が赴任した一 ヶ月あとに、はじめて訪問したときは、たった3日間の滞在。もう、ほんとにお義理に立ち寄っただけ。

その後も夫の要請に応じて、できるだけこまめに(2,3ヶ月ごとに)渡ネパールしていましたが、その多くは、つ いでについてくる友人や息子たちを伴っての訪問。さびしがる夫の慰問をかねて、みんなでいっしょにツアー客状態 。お決まりの観光ルートに何度行ったことか!(私、フツーの添乗員も出来るよ!?)

でも、私はよくても、それでは相手が許さない。そこで、しぶしぶ「ネパール長期移住」の大決心をして、日本の生 活を整理したのでした。とはいえ、日本・ネパールの往復生活は、続いております(じつは航空券の始点が変わった だけ?)。

しかし、自分の拠点を移すだけで、見慣れた環境も、視点はがらりと変わります。知っているはずのネパールは、ま ったく別のネパールとして、私の体験になった! これまで何度も海外赴任生活をして、もうじゅうぶん分かってい る、と思い込んでいた知恵も知識も、たいして役に立たないものでした。安全なところで見ているだけの見物客から 一転、祭りの雑踏の中で踊り始めるぐらい違う。もみくちゃになりながら、おお、やはり私は、踊りが好きだったの だ(おばあちゃんの遺伝か?)という発見は、うれしくもあり、意外でもありますが、やはり疲れます(なんのこっ ちゃ!)。

【基本は、愛です】

ともかく、私がネパールにいるのは、偶然の重なりのせいなのですが、その底には、ふか〜き神々の配慮があるので はないかと、考え始めたこのごろです。人類に対するわけへだてない「愛」を、ふつうの生活の中でさりげなく実行 している人々が、こんなにもいっぱいいること。その発見だけでも、ネパールに来たかいがあるというものです。満 ち足り、幸せな人に触れて、ほんとうにほっとします。しかしまた、ネパール全体としてみれば、世界の発展から遅 れをとり、不運な国でもある。

ほら、世間にいるでしょう。いい人なのに、チャンスを逃してばかりいる人。お先にどうぞ、と自分より他の人を優 先させるものだから、いつまでたっても自分の順番が回ってこない。大いなる「待ち」の姿勢。それは、ネパール人 のいいところでもあり、悪いところでもある。いや、ネパールにいて、現状を守っている限りは、それはもうすばら しい資質です。私のジレンマは、このような美しいこころの人々に、美しさを保ったまま、チャンスの扉を開けて見 せることが、はたしてできるのか、ということ。あるいは、していいのか。

そこで、なにかことを起こすとき、静かにすわって、自分の心と神様に聞いてみます。「これで、いいですか?」( やっぱり、ここは、ヒンズーの神様たちでしょう)。ま、今までの経験上、それでよかったなら、ことはうまく運ば れてきたし、問題ありなら、神様たちは、企画を上手につぶす。どうもそんな気がします。

アラビア式に言うと、「インシャーラ(神の思し召しのままに)」。ま、ネパール人だったら、「ケガルネ?(しゃ 〜ないな)」ということです。

【とにかく、やります】

要するに、いずれにせよ、なるようになるから、ともかくやってみなさい、ということでしょうか。何にもしないで いるより、まず動いてみます。私を信頼してさまざまな企画にご参加、ご賛同、ご支援してくださる方々に、とても 感謝しています。潮満ち、神様たちのお許しが出れば、うまく行くでしょう。まずいときは、無理しないでやりなお します。気長におまちくださいませ。そのうち、ネパールは、まだ行ったことのない人にとっても、心のふるさとに なっていくことでしょう。

さらに、一度でもネパールに来た人々は、今の生活の中で、この国の人たちのことを気にかけていてほしい。ネパー ルがあなたにしてくれたことを、そして、あなたが今後、ネパールにしてあげられることは何かを考え続け、実行し てほしい。そして、それを世界にひろげていってほしい。たぶん、それが、9.11から生まれたぴ〜きゃんのこ ころですから。


7日目 8月18日 (月) 日本語レッスン/サキャ氏とルミナちゃん


【異文化ショック?】 タケオが出張より帰国し、早速、その夜遅くまでアイデアマラソン特訓を受けていた二人は、少々バテ気味と見まし た。この辺で、ゆっくりペースを落とさないと、異文化ショックで寝込んでしまう!?

朝は、ゆっくりとし、家の周りを自転車散歩するなり、タメルあたり散策するなり、お好きにどうぞ、ときょうは、 ほったらかしの日です。お昼も、うちの食料庫から何でも自由に食べていいよ、たまには、自分で料理する?とこれ また、お構いせず。

サンゲイさんから、美術を教えている学校に見に来ていいよ、とお声がかかっていたのですが、雨だし、車の手配で きないし、第一、本人たちがお疲れの様子。私は、無理にすすめませんでした。

結局、彼らは、一日、その辺ぶらぶらしていました。お昼も、消えていたのは日清のカップヌードルでした。やっぱ り!それから、タメルへ二人で出かけた様子。 夕方、サンゲイ宅へは、しんや1 人が行きました。ま、がんばって、日本語レッスンしてきてください、と送り出しました。

【サキャさんとルミナちゃん】

夜は、連絡の取れたサキャさんから電話がかかっていて、話がしたいから一緒に中華料理でもとお誘いがかかってい ました。シャングリラホテルで待ち合わせ。いったんは、お受けしたのですが、タケオが乗り気でない。昨日、「桃 太郎」の食事が終わったあと、外でばったり彼と出会い、少し立ち話したので、しばらくぶりの顔合わせはすでに済 んでいる。

サキャさんが招いたのは、しんやとさとると私。留守だったタケオはもともと勘定に入っていなかった。もちろん「 桃太郎」の外でタケオを見たので、先方は一緒に誘ってくれたけれど。サキャさんと娘のルミナちゃんが来ることに なっているが、タケオばかりか、さとるも、体調思わしくなく、どうやら乗り気ではない。「俺たちの家での食事は どうなるのだ?」と、事務所で仕事しながら騒ぐ夫に、まあまあ、今夜は自宅で用意します。外食は、お断りします からと、電話でなだめる。

しかし、サキャさんの携帯は、電源が切られたまま。自宅の電話も、ずっと壊れたままで連絡が取れない。約束の6 時半が近くなったので、「さとる体調くずしのため」という理由をもって、私はとりあえず、夕食お断りを伝えるため サキャさんに会いにシャングリラホテルのロビーへ向かいました。外は、雨。タクシーがすぐ通りかかったので、大 通りに出るまで長々と歩かなくてもよかったのが幸い。

私が着いたのは、6時半を少し回っていたけど、まだ、誰も来ていませんでした。やがて、ルミナちゃんが、1 人で来ました。正確にいうと、1人ではなく、お手伝いさんを伴って。外は大雨に変わっていて、ルミナちゃんの傘は、びし ょびしょ。彼女は、こちらのカレッジを卒業して、今は、英語の雑誌編集を手伝っています。近く、日本の大学への 留学を考えていて、お父さんのサキャさんからも私に相談がありました。もっとも、母さんは日本人なので、彼女の 国籍は日本。だから、帰国子女入学ということになるのかな? 日本語は、読み書きは苦手ですが、話すのは、大丈 夫。英語、ネパール語はもちろんOK。フランス語も出来る。ルミナちゃんのお母さんと弟は、日本にいます。弟が 日本の中学校に行っているからです。

ルミナちゃんに近況を聞いているうちに、サキャさんも来ました。体調をこわしているのが1 人家にいるので、一緒に食事は出来ないけれど、少しお話をしましょう、と伝えました。サキャさんは、残念そうでしたが、懸案だったいく つかの話ができました。シャングリラホテルの中華料理は、たぶんネパールで一番おいしいので、私も残念。(あれ 、違ったかな、もっとおいしいのは、ソルティホテルの中華だったっけ?)

【スリヤビナヤクはみんなの別荘地】

サキャさんは、もとネパール国内で航空会社を所有し、いろいろ実業をしていた人です。今後は、日本とつながりの あるビジネスにかかわっていきたいようです。一時リゾート開発を進めようとしていたスリヤビナヤクの丘は、私有 地のまま残し、みんなが行ってリラックスできる設備のあるところにしたいと考えている様子。愛着のある場所なの で、最近は、しょっちゅう行っているみたいです。料理人を連れて行ってランチをしたり、山歩きをしたり、畑を作 ったり、山菜や薬草摘み、馬でのトレッキング、テント張ってもいいし、コテージもあります。マオイストが出没す る危ない時期が終わり、一応平和になったので、これからは、本格的にツーリズムに組み入れることができるように なります。

スリヤビナヤクには、みんなの植えた木もあることだし、いつでも待っているネパール別荘地と思ってください、と いうのが、サキャさんのメッセージです。みなさん、どんどん行きましょう。

タケオに事務所の帰りに、シャングリラホテルに立ち寄って、私たちを家まで拾って欲しいと伝えてあったので、彼 もまもなく来ました。サンゲイの家に行っていたしんやも、歩いてきました。食事は出来ないけれど、みんなで少し 話ができました。

この日から、また、雨がずっと降り続きました。

よしこ


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Last-modified: 2006-11-21 (火) 00:38:20 (3990d)