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【バナナメール#112】ぷち・ぴ〜きゃん in Nepal  (7日目)

7日目 8月17日 (日) ラケシ宅昼食会と社会奉仕の造園見習い 

目次:  【造園家の家】 【ネパール式家の建て方】 【ラケシの家族】  【ネパールの食事】【造園の社会奉仕】【家庭サービス】 【お払い箱?】  【家庭訪問】 【日本語レッスン】 【桃太郎の夕食】 【アイデアマラソンの夕べ】 ============================

【造園家の家】   ラケシの家は、カトマンズ盆地の南の端にあります。北のほうにある私の家からは、市内を突っ切って、パタン市へ 入り、さらにまた南へ、車で40 分ぐらいかかります。カトマンズ盆地をすり鉢にたとえると、縁の真ん中あたり。家は、カトマンズ市内を見下ろす坂の中腹。彼の家を訪問するのは、これで3度目です。

このあたりは、かなり郊外になるので、土地は安いらしい。「その分、広い土地が手に入るからね」と、ラケシ。 造園家には、やはり広い庭が必要なのでしょう。庭には、大きな温室があり、庭師が何人か働いています。ダルメシ アンが一匹庭をうろうろ。

自分で設計して建てたばかりの家には、"WHITE HOUSE" というプレートがつけてある。冗談かね。コンクリートのままのグレーハウス。「外側は、これからペンキを塗るんだ、白に。」と言っていたのは、昨年だった。今年もあん まり、変わってないよ。薄く下地の白を塗ったあとがあるけど。二階は内部もコンクリートのままで、一階に住みな がら工事が進行していた。

今年は、二階を見せてもらわなかったけど、「上はどうなったの?」と聞いたら、「う〜ん、あまり変わってないな 。」そうか、まだ、予算が取れてないんだ。でも、去年はなかった階段の手すりがついていた。「このデザイン、ど う?」と鋳物師に作らせた手すりの部品をみせてもらったっけ。

【ネパール式家の建て方】

どうも、ネパールの人は、住みながら、お金に余裕があると、手直ししたり、建て増したりするようですね。3階、 4階、上へ上へと建て増しするのもありで、次の工事が容易に出来るように鉄筋が屋上に突き出たまま、何年も「作 りかけの家」をよく見かけます。原則として、息子は家を出て行かないで、親と一緒に住みます。次男、三男の家族 も同じ敷地に住むことが多い。

ラケシの家は、切妻の屋根なので、一応、二階でおしまいのようですが、一部、屋上スペースがあるので、ここに建 て増しも可能かな。今は、子供が小学生なので、一階のスペースだけでじゅうぶん広いけれど、そのうち嫁をもらっ たり、孫が出来たら、家はどんどん伸びていくのでしょう。

【ラケシの家族】

「午前中は仕事に行ってるから、ちょっと、おそめの昼食になる。そうだな、1 時半ごろ来てくれ。」3日前に彼の事務所であったときラケシは、言っていた。 「12時半じゃ、だめ?1時半は、運転手が空港へ迎えにいくの」 タケオが出張から戻ってくるのだ 「ああ、いいよ。何時でも」とあっさり。

私たちが着いたとき、ラケシはまだ帰っていませんでしたが、家には奥さんと家族がいました。それから、ラケシの お母さん(はじめて見るけれど、ラケシそっくりなのですぐ分かった)、奥さんの弟の奥さんとその子供。 ラケシの子供たちは、今日は、学校。土曜は隔週休みだそう。

ラケシの奥さんは、つい最近、日本へ行ったという。妹の出産の手伝いに1 ヶ月ほど。妹のご主人が、日本の大学の医学部で研究をしているらしい。 「日本のアパートは狭かったわ」(そうでしょうね。) 気の毒に、上の子の幼稚園の送り迎えと、家と病院の往復に明け暮れていて、ちっとも面白くなかったみたい。彼女 は、銀行で働いている。妹のために1 ヶ月も勤めを休んだのですね。でも、妹さんは、身内が来てくれてほっとしたことでしょう。

奥さんたちは、そのうち消え、奥のキッチンでご飯のしたくらしい。そうしているうち、ラケシが戻ってきた。大げ さに両手を広げて、「ハグしてよ。」 言い方も、しぐさも、どうもアメリカっぽいんだなあ。ま、いいけど。

【ネパールの食事】

ご飯の用意が出来てきたので、座卓に座って食べました。ネパール食の「ダールバート」。豆スープ(ダール)とご 飯(バート)。野菜は、ナス炒めとサーグ(葉っぱ)の炒め物。タマ(たけのこ)のスープも出ていた。

奥さんがお皿にいっぱいご飯をよそう。私のぶんは、すこし減らしてもらった。ネパールのご飯は、かるくて、さっ ぱりしていて、めちゃおいしいので、つい食べ過ぎてしまう。私のところには、かすかにおこげがはいっていて、う れしかった。

「手で食べてみる?」と、私は二人の学生にすすめました。「手で食べるほうが、本当のおいしさが味わえるのよ。 」

二人は、がんばって食べてみました。慣れないので、ずるっ、という感じで口に入れてましたけど。本当は、指先だ けを使って、自然に、さくさく食べるもの。食べ物を口に持っていくときは、真ん中の三本の指先に乗せて、親指で くっと押し出すと、無理なく口の中に入ります。お皿の上でご飯とおかずとスープを指先でしっかりこねるところか ら、味覚は始まっているのです。

テーブルに着いたのは、私たちとラケシ夫妻だけ。お母さんと親戚の人は、先に食べてしまっていました。ネパール の人は、一緒に食べるということにこだわらない。基本的には、個食じゃないかな。というより、家の中の「えらい 人」から、あるいは、都合のついた人から順番に食べる。奥さんが、給仕が終わった最後に1 人で台所で食べることも、珍しくない。

テーブルに着く家庭もあるが、男性も女性も、床にお皿をおいて、あぐらをかいて食べるのが、まだ一般的。

【造園の社会奉仕】

食べ終わったら、「よし、仕事にいってこい」とラケシが、二人に外へ行くように言いました。監督についていって 、社会奉仕の仕事を体験させてもらうことになっているのです。どうやら、草刈りのようです。私も、見てくるわ、 と一緒について行きました。

このあたりは、新しく住宅が建ち、道路と歩道が整備され始めています。ラケシは、この区域の歩道の並木の植樹を 担当したらしい。今日の仕事は、その植木の下草を刈ること。

二人はそれぞれ、カマを渡されて、やり方を教わります。茂った草を掘り起こし、草抜きをしたら、あとをきれいに ならしておきます。きのう雨が降っ たので、地面が柔らかく、なんということのない作業。陽射しもそれほどきつくない。女性を交えて働き手が数人。午前中にかなりの仕事が終わっていて、午後はその続きのようです。

一箇所終わったら、若い植木には、黒い羊の毛玉をふりかけておきます。こうしておくと、羊がやってきたとき、「 あ、先客があったな。もう食べる葉っぱが残っていないから、別のところへ行こう」と寄り付かなくなるらしい。

私は二人を残してラケシの家に戻りました。途中、道路を通らないで、草原の丘を降りて近道。丘の上から、うす曇 の空の下に広がるカトマンズの町が見下ろせます。風がないのが残念。このあたりの地形から、凧揚げに最適かな、 と私のスポーツカイトを持ってきていたのですが。

今は雲の覆われていますが、秋になれば、ヒマラヤが見渡せる絶好の場所。

【家庭サービス】

戻ると、ラケシと奥さんと義妹の三人が、トランプゲームをしていました。休日の遊びでしょう。「これは、家庭で やる分には、いいんだよ」とラケシ。 お祭りの日などは、男の人たちはよくゲームに興じています。ラケシは、二 人の女性たちのために家庭サービスをしているらしい。

私は、横のソファーに寝そべって、ネパール語の本をぶつぶつ声に出して読むことにしました。ゲームをしながら、 みんながそれを聞いて、ああだ、こうだとコメントを入れたり、練習台になってくれます。「ながら学習」ですね。

【お払い箱?】

30分も経たないうちに、しんやとさとるが戻ってきました。 「あれ?もう終わったの?」 「僕たちだけ、もう、帰っていいって言われたので」 「まだ、仕事残っているんでしょう?」 「うん、まあ」 「バートマス!(悪い子だ)」とラケシが、トランプ越しにいいました。

やさしい監督は、二人を早々に「労働」から解放してくれたのでした。手が足りてたのかな。あまり役にたたなかっ たか、もしかしたら、足手まとい?  私としては、たまには、へとへとになるまで、肉体労働してほしかったな。それに対して、報酬をたとえば、20 ルピーあげたら、ここで生活していくということがどういうことかなのか、骨身にしみて分かるでしょう。

ラケシは、トランプを終えて立ち上がり、「これからまた仕事にいかなくてはならない(I'll be on the road.)。また、連絡してくれ。(Catch me if you can.)」と言って、出て行きました。 言い方が、またまたアメリカ的だなあ。彼の中には、ネパール的ゆったりきづかいと、アメリカ的スピードずけずけ が、タイムシェアリング的に同居している。

彼は、彼なりに、忙しい中で工夫を凝らして、休日の食事への招待やら、体験学習の機会などをアレンジしてくれた のでした。見返りは、期待してないと思う(たぶん)。ありがとうございました。

【家庭訪問】

私の迎えは、三時過ぎに来ることになっていたので、義妹のチョルーさんと話をしながら、しばらく待っていました 。それから、ラケシに頼まれていたので、チョルーさんとお嬢ちゃんを一緒に乗せて、家まで送りました。

「お願い、ちょっとだけ、家にあがって」とチョルーさんにせがまれて、中にお邪魔しました。ほんとに、ネパール の人は、すぐ家に入れたがる。

「盆栽」が趣味という、チョルーさんのお庭を見せてもらって、それから、家の中へ。 入り口に、20キロ入りのお米の袋が3つ、届いたばかりで置いてありました。 「これ、家族の一ヶ月分のお米よ」少し恥ずかしそうに。「60キロ。よく食べるでしょう?」 お米が主食で、大家族が昼夜、欠かさず食べるわけだから、さもありなん。料理する人も大変だ。

一階は、居間と食堂とキッチン。ベッドルームがひとつ。二階にも大きなサロンといくつかのベッドルーム。お父さ んとお母さんと、二人のお姉さんたちは、嫁が連れてきた突然の訪問者にやや戸惑いながらも、「お茶はいかが?」 と快く聞いてきます。 「いえいえ、すぐ失礼しますから、結構です」

チョルーさんは、すべての部屋に私たちを案内して、最後に屋上につれていきました。キルティプールの大学町が近 くに見えました。「私の母校よ。」

「また、ぜひ遊びにきてね」とチョルーさんは、名残り惜しそうに言って私たちを見送りました。彼女は、この家の 長男の嫁。親戚や友達の家にいくか、誰かが遊びに来てくれるしか、気晴らしはないのかも。あの膨大なお米を毎日 料理するのは、役割からすると、嫁である彼女。それとも、お手伝いさん? 

【日本語レッスン】 

家に戻ると、出張から戻った夫がいました。私たちは、5時半にサンゲイの家にいくことになっています。彼は、仕 事先のカクテルパーティだそう。でも、顔だけ出せばいいとのことで、7時半には体があす。それが終わってから、 夕食は、外で落ち合うことにしました。やっぱり、タメルの「桃太郎」でしょう。「俺は、湯豆腐!」この暑いのに 、さっそく、なべの予約を入れたタケオ。

サンゲイの家では、私が用意しておいた子供の歌の教材を使って、みんな参加型のお試しレッスン。サンゲイは独学 で、いっしょうけんめい文字を書いているけど、かなりゆがんできている。ああ、修正が大変。明日からは、しんや とさとるを差し向ける。

里子のスリヤ君は、日曜の夜までに寄宿学校へ戻されていました。バスで、2時間だそうです。

【桃太郎の夕食】

みんなが頼んだのは、とんかつと湯豆腐。私は、冷奴と枝豆。 「特大サイズ。でも、脂身はカットして」というタケオの無理な注文にも、にこにこと応じてくれる桃太郎のスタッ フ。

最初のうち、「旅行者相手のタメルの安日本レストラン? しかも、スタッフ全員ネパール人? 冗談じゃない、  行くもんか」 と無視していたタケオでしたが、「桃太郎はがんばってるよ」という私の言葉がふと引っかかって、 私の留守中に、こっそり行ってみてからファンになったみたい(私がレストランをほめるなんて珍しいそうで)。

それからは、人にも勧めて、ことあるごとに利用して、まるで、押しかけ専属PR 担当者。おまけに、質の改善やら、新しいメニューの提案やら、うるさく口出しする。とうとう、鍋物メニューを店に登場させてしまった。マイ・レス トランだと思っているタケオ。ま、彼のアイデアマラソンの実践場のひとつかな。

桃太郎そっくりの、まるまる、ころころのオーナーに、「桃太郎の衣装着て、宣伝キャンペーンやれ」としきりにけ しかけています。「お供のキジとサルとイヌも揃えて。おお、そうだ、きびだんごも作れ。」 はいはい、と受け流す、ニコちゃんの桃太郎スタッフでした。

【アイデアマラソンの夕べ】

ネパールに戻ってきたタケオは、今夜から早速、しんやとさとるにアイデアマラソンの特訓を始めました。私は、夜 は、二階のデスクに引き上げ、自分の時間を持っていますので、タケオがどんな無理難題を彼らに与えているか知り ませ〜ん。きっと、アイデア出せば、あとで映画(DVD)見せてやる、とアメとムチで教育しているのでしょう。

また夜中に激しく雨の降り出したカトマンズです。

よしこ


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Last-modified: 2006-11-21 (火) 00:38:20 (4039d)