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【バナナメール#108】ぷち・ぴ〜きゃん in Nepal  (3日目)

3日目/8月13日(水) 「ガイジャトラ」(聖なる牛の日)

目次: 【昨年と今年】 【さよなら、乗馬クラブ】 【牛の行列の集まるところ】 【桃太郎】 【地域青年クラブBYC】 【胸の痛むこと】 【別世界】 ============================

【昨年と今年】 今年のネパールカレンダーは、祭礼行事が昨年より10日ほど早め。 ところが、奇しくも10日早く始めたので、昨年のピースキャンプ行事とほぼ平行して、 日程消化中です。 少しずつ内容ご報告お送りします。(今日のご報告は、*) といいながら、長文。

1日目 8月12日 「ジャナイプルニマ(幸運の糸の日)」            パタン民家訪問/パシュパティナート寺院   2日目 8月13日 * 「ガイジャトラ(聖なる牛の日・死者を弔う)」            乗馬クラブ/ダルバール広場/タメル/青年会訪問

3日目 8月14日 動物園/ラケシ氏/ボダナート寺院

4日目 8月15日 スリヤビナヤクの丘/バクタプル

5日目 8月16日 スワイヤナブナート寺院/日本語学校学生と交流会

<昨年> 1日目 8月22日 「ジャナイプルニマ(幸運の糸)」パタン民家訪問

2日目 8月23日 「ガイジャトラ(聖なる牛の日)」乗馬/ダルバール広場/地域青年会交流/            ネパール民家夕食会   3日目 8月24日 シャンカール氏宅昼食会/キャンプ用品買い物/地域青年会と「桃太郎」で夕食会

4日目 8月25日 キャンプ出発/スリヤビナヤクの丘/バクタプル/ティミ村

====================== ぴ〜きゃん3日目  8月13日(水) ガイジャトラ(聖なる牛の日) ============================

昨年は、朝、希望者が乗馬をしたあと、宿泊場所であるタメルのパンダホテルへ戻り、 アサントゥロからダルバール広場へみんなで歩いたものでした。 牛の扮装をした人々や、飾られた牛そのものがパレードをする日。 昨年亡くなった人をなぐさめ、導き、また、残された人々の悲しみを和らげるため、 わざとコミカルに装うのだとも。 昨年は、カンカン照りの日でした。今年もそう。

【さよなら、乗馬クラブ】

ガイジャトラの行列を見に行く前に、 しんやくんが乗馬をしたいというので、クラブの様子を見にいきました。 予想通り、雨季の馬場は泥だらけで乗れる状態ではありません。 新たに砂を投入する財力がないだけでなく、オーナーにやる気がない。 朝の10時だというのに惰眠をむさぼっている。 馬を愛すなら、馬と一緒に早起きしてよね、と言いたい。

昨年の夏以来、多忙のため毎日乗れなくなったことに加え、 オーナーとスタッフに嫌気がさしました。 3月に久しぶりに行ったら、私が連れて行ったビジターに対しても 礼を失した対応で、こりゃだめだわ、と思いました。 外国人会員はほとんど去り、スタッフも減り、今年になって馬2頭が相次いで死にました。 主力スタッフのモハン氏も昨秋、マオイストの手にかかって亡くなった。

歯をくいしばってもきちんと経営していこうというオーナーの気概があってこそ、 まわりもサポートのしようがあるのに。 結局は、むら気な道楽息子のやる趣味のサイドビジネス(人はいいんだけれど)。 経営感覚もサービス精神もなく、投入する資金もなく、モラルも欠け、 ただ荒れていくクラブを見るのはものすごくつらい。 前を通るたびに気にはなるけれど、立ち寄る気にはならなかったのです。

この日、4ヶ月ぶりに訪れました。 営業時間なのに、スタッフは、早々と休憩をとりに行き、 見習いの若い男の子1人だけが残っていました。 馬は、さらに2頭減り、もと12頭だったのが、8頭になっていました。 どの子がいなくなったのか、何故いなくなったのか、さらに聞きたくはなかった…。 さよなら、乗馬クラブ。

【牛の行列の集まるところ】

カトマンズの中心のダルバール広場には、大勢の見物客が集まり、 そのうち身動きも取れなくなってきました。 ここに、各家から送る扮装行列が最終到着するのです。 頭に紙製の牛のかぶりもの、顔には牛のお化粧、 そして、黄金色の布を身にまとった子供や大人たちが次々と来ます。 日除け傘の下、亡くなったおじいさんやおばあさんの写真を持った孫グループあり、 演奏楽隊を伴った豪華グループあり、 ほんものの牛も、黄金の布で飾り立てられて好き勝手に歩いています。

ふとおもいました。モハン氏の家族も、この中にいるのでしょうか。 昨年の10月から、彼の魂は無念さのなかで漂いつづけ、 今日ようやく、牛たちの導きによって天国の門へいたるのでしょうか。

強い陽射しの中、子供がパレードの主役なので、ケアも大変。 大人たちが飲み物を配ったり、 子供たちが上向いて開ける口の中に、小鳥よろしく、やかんから直接水補給したり。

雑踏の中に入り込んで写真撮影をするしんやくん。 私とさとるくんは、クマリの館のなかの日陰で待っていました。 祭りの後のゴミ始末のために待機している、ボランティアの中学生たちとおしゃべりしながら。

【桃太郎】

お昼は、タメルへ。 「桃太郎」で冷やし天ぷらうどんなど食べました。 なんでこんなおいしいおうどんが作れるのかな。今度、教えてほしい。 たった3ヶ月間、日本で修行しただけのネパール人マスター。 あらゆる日本食を、日本人より上手に作る。 こだわり冷奴もあるし、きちんとした出し巻き卵や ごはんも、おむすびもめちゃおいしい。 なんといっても、他の日本レストランより値段が安い。サービスもいい。 スタッフも安定していて、なじみの顔触れがあってほっとする。 ネパール人研修計画としては、この店はすごいサクセスストーリーです。 いくつかの職種で、こういう技術習得プランが実行できるといいのだけれど。

アンジュから私の携帯に電話が入って、 カトマンズに戻ってきてるなら、うちに来て! と熱烈コール。 で、午後は、彼女の家にしんや、さとるを連れて行くことにしました。 カレッジの試験が終わって、どの大学に入れるか結果待ちなので暇なようです。 家には、妹もいました。 おとなしい妹に対して、アンジュはいつも元気はつらつ。 英語もネパール語も力強くて、小気味いい。 私の持っていたネパール小学生用のテキスト使って、 しんやもさとるも、にわかネパール語教授。 二人は、いくつか実用表現覚えました。

【地域青年クラブBYC】

ここまで来たなら、地域青年クラブへ寄っていこうと思い、 昨年、「ぴ〜きゃん交流会」をしたBYCへ向かって歩いていきました。 ビーパルの店の前を通りかかったら、彼は店番をしていました。 ひさしぶりだね、と立ち話をしていると、会長のローシャンが来ました。 それで、一緒にクラブ事務所へつれていかれました。 ソファにすわり、ジュースが来て… あれあれ、これじゃ、昨年の「会議」の続きではないか。人数が少ないだけで。 おまけに、ようこそ、とクラブのTシャツが二人にプレゼントされた。 新しいデザインでした。

会の活動の写真を見せてもらったり、新しい企画の説明を聞いたりしました。 昨年のぴ〜きゃん交流の様子もちゃんとアルバムになっていましたよ。 来週火曜日のクリシュナ祭りの夕食会にさっそく招待されました。

それから、二人はスヌーカー室でゲームをさせてもらいました。 スヌーカーというのは、大きな台のイギリス式ビリヤードです。 たくさんのカラーボールを使います。 5時をまわってから、仕事を終えたビーパルも参加しました。 彼はすごくうまい。 しんや、さとるは、ただただ感心していました。 彼らは、全部で3フレームのゲームをしました。楽しかったようです。 3ヶ月間毎日練習に来たら、的中率60%になるよ、とのこと。 どうですか、ビリヤード留学、というのは?

クラブが運営するスヌーカー室は結構広くて、合計3台のテーブルがあります。 地域の若者たちに、できるだけ安く、健全な社交場を提供し、 なおかつ、クラブの収入にもなるようにとみんなで工夫して作ったものです。 床はがたがただけれど(自分たちで床タイルをあつめてきて、素人左官をしたから) テーブルは、本物のイギリス製の中古を学校から貰い受けてきました。 ネパールでは、ビリヤードやスヌーカーが盛んで、全国トーナメントもあり、 この青年会からも参加します。

【胸の痛むこと】

ゲームのあいだ、私は、ローシャンと横に座って、応援しながら、おしゃべり。 シリアスな話も聞かされました。 みんなの心を悩ましている孤児院援助計画があります。 ローシャン会長は、私の手助けを暗に訴えているのですが、 ここには、ずさんさと、私利私欲がからんでいて、 BYCのような善意のボランティアたちが手をだすと、たぶんやけどする。 しかし、彼は、手をこまねいて見ていることが出来なので、身もだえしているのです。 私も、子供たちの惨状は実際に見て知っているから、心穏やかではないのですが、 システム全体を変えるだけの知恵と財力がない。 実力不足のまま介入すると、たぶん泥沼。 慈善家の仮面をかぶった経営者から寄付金をむしりとられ、 見るに見かねた人が無償労働を提供し、その上、 孤児の親権と利権をめぐって、法律と金銭トラブルにはまりかねない。 資金不足というだけでなく、経営コンセプトがゆがんでいるのです。

わずかなお金で親のいる山村の子供が「孤児」として売り飛ばされるネパールの現状。 孤児を買い集めて、孤児院を経営すれば、自分の生活の糧になることに目をつける 奴がいてもおかしくないのです。寄付したい外国人はゴマンといるから。しかし、ずっと寄付金を横取りしてきたので、信用をなくし、大口寄付がこ なくなり、経営が破綻。孤児たちの環境はますますひどくなる。

こんなことが目の前にあって、なにも出来ないというのは、ネパールのボランティアの青年たちにとってなんともは がゆいことに違いありません。 本来なら、ネパール政府が管理すべき、ゆゆしき人権問題なのですが、現状は野放し。 冷静で公平な判断のできる、実績と経済力のある公共団体が引き受けてくれるまで、 しかたがありません。それまで、私たちは、目立たない側面隠密サポートです。 少しでも「金」のにおいがすると「ハゲタカ」が来るので。

今すぐに根本的解決の出来ない問題はべつとして、軽くて、明るいことは出来ます。 そこで、地域コミュニティーのスポーツ振興プログラムのお手伝いをすることにしました。 青年たちが指導している子供サッカー球団の練習用ボールが不足しているので、 寄付に協力するだけですが。とりあえず、私たちの分として、3個は買います。

ところで、私たちと一緒に自分の名前入りのサッカーボールを寄付したい方はいますか? 一個1500円程度。練習用だから、こちらで買える安いものでいいそうです。

というわけで、 「ぴ〜きゃん記念サッカーボール寄付プロジェクト」

思いつきで(いつもながら!)、急遽立ち上げます。 参加希望者は、私にメールください。 私たちのぶんと一緒にボールを買って寄付しておきます。 明細と振込み方法は、あとからお送りします。

8月21日(木)締め切り。この日は、ネパールの子供の日です。 贈呈は、この日に行います。しんや、さとるは、翌日22日 に帰国します。

【別世界】

さて、しんや、さとるは、「ネパール=海外」で、緊張がなかなか解けなかったのですが、 ネパールの人と一緒にゲームをしたりして、かなりすっきりした様子。

夕方、うちの夫からお声がかかって、ハイヤットホテルでの豪華夕食となりました。 昼間の現地ローカル環境から、一挙に別世界へ。 時と場所が変わると、貧富の格差を絶えず体験するのもネパール。 経済的矛盾を自分の中でどう消化するのか、 これは、私にとっても、いつも突きつけられている課題です。

それでは、また。 長文、ごめんなさい。

よしこ


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Last-modified: 2006-11-21 (火) 00:38:18 (3990d)